大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和26年(タ)41号 判決

原告 谷秀男

被告 谷花子

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

「原告の申立並に陳述」

原告訴訟代理人は「原告と被告とを離婚する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、

その請求の原因として、

原告と被告とは昭和十一年十二月十九日に婚姻した夫婦であつて、その間に、昭和十二年十一月二十三日に長男光一郎が、昭和十四年六月二十八日に二男繁男が、昭和十六年九月十六日に三男正三郎が、昭和十八年八月九日に長女輝子が、昭和二十二年三月二十二日に四男文男がそれぞれ出生し、そのうち長女輝子は昭和十九年十一月二十七日に死亡した。

原告は徴用を避けるために昭和二十年春単身朝鮮の京城に行き警察官として勤務していたところが、同年三月被告は三児と共に神戸市に於て空襲にあい罹災して京城にきたのでしばらく同居していたが、被告の挙動に不思議なところがあつて、原告は警察官をしていられなくなり、同年七月退官して神戸市に帰り被告を神戸市立湊川精神病院に入院治療させた上で同年十月中旬に退院させた。

しかるに昭和二十二年十月転宅して大阪市北区舟場町九番地に居住するようになつてから、被告の病状が再発して他人と喧嘩したり、泥棒扱いにしたり、又掃除したごみ類を往来で焼払う等の挙動をするようになつたので、北区役所市民係員の紹介で府下泉南郡熊取村の七山精神病院に入院させて治療しているが、入院後満一年以上経過しても全快しないし、精神分裂症という病気なので退院しても再発の虞がある有様である。

原告は三児の父としてその養育に追われながら、株式会社新藤化学工業所の労務係長として勤務して居り、多忙なのに拘らず薄給の身なので家政婦を雇うこともできず、男子の身を以て三児のため主婦の役目も勤めるという困難な生活をしているが、このような生活を今後永久に続けて行くことはできない。

被告は右の如く強度の精神病にかかり回復の見込がないから民法第七百七十条第一項第四号に該当し、離婚の原因があるものであつて、仮に右主張が理由ないとしても、原告と被告との間の前記の状態は婚姻を継続し難い重大な事由があるものというべく、同項第五号により離婚の原因があるから、本訴を以て原告と被告とを離婚する旨の判決を求めるものである。尚被告は前記の如く精神病であるから、原告等の子の親権者には原告を指定せられたいと述べた。

「被告の申立並に陳述」

被告は請求棄却の判決を求め、答弁として原告が請求の原因として主張する事実は、その中被告が昭和二十二年十月大阪市北区舟場町九番地に転宅後病状再発し、他人と喧嘩して他人を泥棒扱いにし、掃除のごみ類を往来に捨てこれを焼払う等の挙動をしたとの事実並に今日に於ては入院満一年以上を経過するも全快に至らず、退院すれば再発のおそれがあるとの事実は否認するが、その他の事実は認める現在七山精神病院では家族の者が引取りにくれば何時でも退院してもよいといわれている位であるから、強度の精神病で回復の見込がないということはないと述べた。

<立証省略>

尚当裁判所は職権を以て証人中川豊二郎及び被告本人を訊問した。

三、理  由

その方式及び趣旨により真正に成立したものと認めることができる甲第一号証(戸籍謄本)によれば、原告と被告とは原告主張の日時に婚姻した夫婦である事実、及び原告と被告との間には原告主張の通り五人の子供が生れ、そのうち一人が死亡した事実を認めることができる。

証人大沢安秀、田仲藤一郎、村瀬茂及び小菅よしの各証言と原告被告各本人訊問の結果並に鑑定人本多浄の鑑定の結果を併せて考えると、被告は昭和十六年の秋三男正三郎を分娩した頃一時的に少し言語や挙動に常人と変つたところがあつたことはあるが、その後たいしたことはなく経過しているうちに第二次大戦が始り、原告は徴用を免れるために志願して朝鮮総督府巡査に採用され、昭和十九年八月頃に被告を子供等と共に神戸市内の留守宅に残したままで、単身赴任し、京城で勤務していたが、留守宅は昭和二十年三、四月頃の空襲で罹災して全焼し、被告は子供等と共に焼け出されて、京城の原告の下に避難するべく、電報で連絡した上女の身に幼児三人を抱えて軍事輸送や空襲等でごつた返す中を唯一の頼りを夫に求めて渡鮮したところが、原告は行違いに内地に帰つた後であつたので、落胆しながら、空しく再び神戸に引返してきた。しかるにその衝撃と過労によるものか、被告はその頃軽い精神分裂症になつて、同年七月末頃神戸市の湊川病院に入院し、電気衝撃療法を受けて同年十月末頃退院した。被告の精神病は退院当時は一応治癒していたのであるが、その後再び発病して原告とその勤先の女工や女事務員との関係を疑つたりごみ箱からごみを取り出して家の前の道端で焼いたり、近所の人が洗濯物を盗んだといつて喧嘩したり、又食物に毒が入つていると言つたり、普通人と変つた挙動をするようになつたので、昭和二十五年七月七日七山精神病院に入院させられたが、同病院係医師の診断によると当時の被告の症状は幻聴、被害妄想があり、質問に対しては刺激興奮性があつて怒り易く落ち着きがなかつたが、その後電気衝撃療法を二十一回施した結果、現在被告は既往の精神病がほとんど全快し、多少の病的症状が残存している有様で、精神分裂症の欠陥は治癒の状態にあつて被害妄想とか幻聴とかは治り落ち着きもでてきて、仕事をしたいという意慾もでき作業能力も普通にあつて、ほとんど正常の精神状態になつていて残存している病的症状としては刺激に対して興奮し易い、いわゆるヒステリーの昂じた程度のものが残つているだけである事実を認めることができる。

しかるに精神病が離婚原因となるには、その病状が強度であつて、且回復の見込がないということが必要であつて、病状が軽く回復の見込がある以上は再発する可能性の多い精神病の場合でも離婚の事由にならないものと解すべきところ、右認定の事実によると被告の精神病はそんなに重症ではない上に既に治癒の状態にあつて、回復の見込がないということもできないから、被告の患つている精神病は一度罹患すると治癒しても何時再発するかも判らない病気ではあるが、その故を以て離婚事由とすることはできないのであつて、被告の精神病を原因とする原告の離婚の請求は理由がないといわなければならない。

よつて次に原告の予備的に主張する婚姻を継続し難い重大な事由の有無につき判断することとする。

民法は一般に婚姻を継続し難い重大な事由の存在を裁判上の離婚原因としているから、夫婦の一方が精神病にかかつているが、軽症であり、且回復の見込もあるために離婚の原因とならない場合でもその事実と他の事実とを併せて考えるときは、離婚を求めている当事者にその婚姻生活の継続をこれ以上強制することは無理であると認められるような場合には、その夫婦の離婚は許容せられなければならないものと解すべきであるが、右事由があるかどうかはその夫婦の婚姻生活の一切の事情を参酌して判断すべきであつて、被告側や子供等のことを考えないで、原告の都合だけを考慮する、というようなことは許されないところであるといわなければならない。

ところで、原告本人訊問の結果によると原告はその主張の如く現在被告が入院しているので男手で子供四人を養育しながら、サンエツチ株式会社という小さな会社に勤めて人事、庶務、株式、社内取締等の仕事に従事し、一箇月二万円位の俸給を貰つているが、その中から被告の入院費用も支弁しているので、経済的にも精神的にも相当苦しい立場に立つている事実及び被告が精神に異常をきたした当時いろいろ奇異な挙動をしたので、原告の体面が多少傷つけられた事実を認めることができ、又証人大沢安秀の証言によると被告は勝気で我儘な性格であつたが、この性質は病後以前よりひどくなつている事実を認めることができるが、一方証人中川豊二郎の証言並に被告本人訊問の結果によると被告には兄が二人と姉及び弟が一人宛とあるが、いずれも経済的にめぐまれず、被告が離婚になつてもこれを引取つて病後の体を養生させるような能力のある親類がない事実、及び被告自身は早く退院して原告と円満な家庭生活をすることを切望している事実を認めることができるし、原告本人訊問の結果によると被告は子供等を大事にする方である事実を認めることもできる。又証人大沢安秀の証言と鑑定人本多浄の鑑定の結果によると被告は子供が可愛いいから早く自身でその世話をしたいといつて現在非常に退院して家に帰りたがつている事実及び被告の精神病は昭和二十五年七月七日に入院し、同年十月には既に被害妄想とか幻聴は治りほとんど正常な状態で現在では大体治癒しているが、この病気は環境如何ということが重大で家庭に帰つても環境によつては何時再発するかも判らないし、被告は精神分裂症に罹患せる結果、その人格に多少の欠陥が生じていて、単独では社会生活を営むことができず、理解ある家庭の精神的物質的保護を前提としてのみ社会生活を送ることができるもので、社会人としての能力には多少欠けるところがあるが、家庭内の主婦としての日常生活の能力はある事実を認めることができる。

即ち原告の立場からみればさきに一度精神分裂症が発病し入院して一度は治つていたのに、又発病して既に二箇年間も入院していて一応治癒の状態にあるとはいいながら、そのため人格に多少の欠陥ができ、単独では社会生活を営むことができず、又何時再発するかも知れないような状態にあり、元来勝気で我儘な性格なのにこれが以前よりひどくなつている被告と婚姻生活を継続して行くということは相当に困難なことであつて十分同情に価するところである。

しかし被告の立場からみれば、被告は原告と婚姻してから既に十六年間を経過していて、その間には四人の子供もできており、戦時下原告が徴用免れのために警察官となつて単身朝鮮で勤務していた間は当時八才、六才、四才の三人の子供を抱えてよく留守を守り、空襲で留守宅が全焼した際も子供等を無事に避難させ、戦時下軍事輸送や空襲による混雑の中を原告の下に赴き、行き違いになつたので再び子供等と共に神戸市に引返したが、その際精神分裂症が発病したものであつて、右発病は女手で幼児を抱えて空襲を受けたことによる衝撃とこれに続く避難のための心身の過労が原因となつているものと考えられるから、被告は一種の戦争犠牲者であつて、右発病は原告が戦時下に危険な神戸市内に妻子を残して、自分一人だけが、安全な朝鮮で暮し、子供等の監護と留守宅管理の責任を挙げて被告一人に負担させていたことにもよると考えられるのである。加うるに被告は精神分裂症といつても軽いものであつて狂暴な行為をする悪質なものではなく、現在は治癒の状態にあつて未だ単独で社会生活を営むことができないとは言え、主婦として日常生活をする能力はあるのであり、被告が社会生活を営むには理解ある家庭の精神的な保護が必要であるのに被告には原告を措いては他にこのような保護を期待できる親類がないのである。そして被告は一日も早く原告の下に戻つて原告と円満な家庭を営むと共に自ら子供の世話をすることを切望しているのであり、又現在の病状では何時でも退院できるのであるから、退院すれば入院費用も不必要になるし、家政婦を雇う必要もなくなるのである。

又子供の立場からみれば、精神病を患つたことのある母親を持つているということは近所でも学校でも随分肩身の狭い思いをすることであろうし、病後の被告は母として十分子供のために尽すことができないかも知れないが、原告と被告とが離婚したところで親子の血族関係がなくなるわけではないし、既に認定した通り被告は子供を大事にする性格であり、空襲下留守宅が全焼した際も子供等を護り無事に避難させてそのために精神病が発病した位であつて、現在も自ら子供の世話をすることを熱心に希望しているのであるから子供等が原告に養育される場合と、原告と被告が離婚し、原告が再婚して子供等が継母の世話を受ける場合とを比較するときは子供等の幸福は肉親の母の下に養育せられることにあることは論を待たないところである。更に精神分裂症の発病し易い子供が出生することの危険ということについては、既に四人の子供があるのであるから、優生手術とか、避姙とか、又は姙娠中絶というような法の許容する方法によつて十分避けることができるのである。

これを要するに原告と被告との離婚は被告と子供等にとつて不幸な出来事となるだけでなく、原告自身にとつても被告とわかれ他の女性と再婚すれば或は一時的に幸福が得られるにしても、感受性が強く精神的な影響を受け易い年頃の子供等が継母とうまく折合わないで不良化でもしたら(このようなことは容易に想像できることである)そのことによる苦痛の方が被告と同棲することによる苦痛よりも大きいかも知れないのであつて、原、被告の以上諸般の事情を考慮するときは、この際原告は戦時下に留守を守らせた償いの意味もこめて、傷ついた被告を深い愛情と理解とを以て迎え入れ、家庭の主婦としての生活をさせながら、精神的、物質的な保護を与えて現在残存している病的症状が一日も早く回復するように善導するべく、被告も勝気な性格や、我儘な性質をあらためて、原告の保護と指導に従い、一日も早く健全な夫婦生活を営むことができるように努力するべきであつて、右の如く現在の諸事情を慎重に考慮するときは、原告と被告との間には婚姻を継続し難い重大な事由があるということができないから、この点に関する原告の主張も採用することができない。

右の如く原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却するべく訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決するものである。

(裁判官 乾久治 前田覚郎 岡部重信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!